「俺、バイトしようと思うんだ」
『着々と縮む』
「へえ」
「ほお」
一大決心をして打ち明けたのに返ってきたのは素っ気ない言葉だった
「い、いいの?」
「いいでしょ、自分の遊ぶ金ぐらい作っても」
「いいんじゃない」
そもそもヒモを続けてきた俺は働くという事を放棄していた
人間楽な事を覚えるとそっちにいってしまうもので
ここに厄介になってからもそうだったのだがしかしここでは金が手に入らない
(無駄にイチさんは色々買ってくれるけれども)
だので自分が遊ぶ金は自分で作らなければいけないのだ
まあ当たり前の事なんだけどさ
でも少し怖かったのはバイトするなら出ていけ、と言われないかという事だった
金がないから厄介になっている訳であるから
可能性も無きにしもあらずだと思ったのだ、
が、しかし
そんな心配もつゆしらずあっさりとオーケーがでてしまった
ちょっと拍子抜けだがとりあえずは安心だ
「何処で働くとかもう決めてんの?」
「とりあえずコンビニかなあと」
「ダメ」
イチさんに間髪入れず否定されました
「なんで?」
「夜遅いし、朝までだし、寝る時ハチ公いなくて困るから」
「お前の都合かよ」
「拾ったの俺、飼い主俺」
「わ、わかりました、じゃあ早めに終わるスーパーとかにしときます」
「ハチ公も合わせんなって、甘やかしすぎだぞ」
「いや、まあイチさんの言う事はごもっともだし」
「何処がごもっともなんだよ、そりゃイチが拾ったけどハチ公は人間なんだよ
犬や猫と違うだろ?元々ハチ公にもハチ公の生活があるし」
「いや、ヒモだったんで生活も何も相手に合わせてたんで」
「それが駄目だっつの、いずれ一人になるんだから」
「う、まあ、それは」
「ハチ公は一人にならない、俺がずっと面倒見る」
「ハチ公がずっと居たいと思うかどうかはお前が決める事じゃない」
「拾ったのは俺だ」
「だからって人の人生決めていい理由にはならない、お前が言ってるのは子供の駄々と同じだ」
な、なんかいつのまにか話しがでかくなっているような気がする
イチさんと笹倉がこんなに言い合っているの初めて見た
てかやっぱりずっとここにいるのは駄目なのかな
それなりに居心地いいし楽しいし
でもいきなり転がり込んできた奴だし煙たく思ってたりすんのかな
「わかった、勝手にすればいい」
「イチ!!」
「寝る」
イチさんはそういうと自室に入りピシャリとドアを閉めてしまった
お、怒ってそうだ
「ったく、何時まで経ってもガキだなあいつは」
「なんか、ごめん」
「別にお前が悪い訳じゃないからいいよ」
「そ、そうか?」
「あー…、一応言っとくけどさっきのお前に出てけって言ってる訳じゃないからな」
「へ?」
「正直お前がいるお陰で助かってる面もあるし、イチも懐いてるしお前が居たいだけ居てくれていいんだこっちは」
「笹倉」
「だけどもしお前がここを出て行きたいってなった時に、イチが拾ったからイチの許可がないと、
なんて思わないで欲しいんだ、お前もっと自分が好きな事していいんだよ我慢しなくていいんだ」
「ど、どしたの笹倉、頭打った?」
「お前の中での俺はどんなだ」
「でも俺言いなりでやってきたから」
「それが駄目なんだよ、もっと自分の意思を持て!」
「う、スミマセン」
「じゃないとお前道外すぞ」
「え?どゆ事?」
「忠告はした、選ぶのはお前、どっちを選ぶのかは自由」
「意味がよくわかんないんだけど?」
「そのうちよく解るよ」
そう言い残して笹倉は自室へ篭ってしまった
どうしよう
とりあえずイチさんの機嫌でもとりにいくか
部屋へ入るとイチさんが豚の抱き枕を力いっぱい抱きしめて横になっていた
「イチさん、さっきはすいませんでした」
「別にハチ公が悪い事ない」
「いや、でも原因俺みたいですし」
「違う、大丈夫」
「そ、そうですか?」
間、
き、気まずいんですけども
イチさんはあまり喋る方じゃないから会話がないのは慣れてるけど
たいてい仕事してる時だからなあ
こんなイチさんどうしたらいいのかわかんねえ
「ハチ公は」
「はい?」
「出ていくのか」
「何言ってんすか、出てけって言われるまで出ていきませんよ俺は」
「じゃあいて、此処にいて」
「大丈夫ですよ、いますよ」
そういうとおいでおいでをされたのでイチさんに近付いてみた
「おわっ」
そしたら抱き枕にされました
まあこんなのももう慣れっこだぜ
こんな事で動揺なんてしないぜ俺
「ハチ公はいい子だ」
「なんすかそれ」
「流石忠犬」
「犬じゃないっすよ」
「うん」
静かにイチさんは俺の頭を撫でる
まるでひとりぼっちになりたくない子供のようだとふと思った
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