「ただいま」
そう言ってその男は十年ぶりに帰ってきた
『蛇足』
その日から男は毎日この家に帰ってくる
その日から食事が二人分になった
その日からトナカイの世話が日課になった
その日から長い事あった喪失感が埋められた気がした
だけど
その日から忘れていた嫌悪感を思い出した
「触ってもいいか」
「嫌だよ」
昔の出来事から学習したのか、俺に触りたい時には声をかけるようになった
しかしいくらこちらが拒絶を口にしても勝手に触ってくる
今だって鍋をかき混ぜている俺の背後から抱きついている
「俺、嫌だって言ったと思うんだけど」
「本当に嫌だったら拒絶してくれ」
(拒絶しても聞かなかったじゃないか)
昔の出来事を思い返す
「拒絶したら本当にやめてくれるの」
「ああ、もう二度としない」
背後からまわる手にぎっと力が込められる
「じゃ離して、この鍋運んで」
「え」
「二度としないんだろ」
ふてくされながらもちゃんと鍋を運んでくれる、その姿を見るだけで満たされる
三太が望んでいるのはこんな関係ではないだろうけれど
だがそんなの俺は望んでいないのだからしょうがない
「食わねーの」
「食べるよ」
いつか終わるこの関係だろうが、精々三太の我慢が効く間はこの幸せを享受しよう
----------
text
|
|