ふと立ち止まって何かを考えてしまった、その瞬間足が動かなくなった
物理的にではない、気持ちが動かない、自分が足を動かす意味を見いだせなくなってしまった
そして僕は真夜中常夜灯の下で突っ立っている
『深夜徘徊』
「ちょっとおにーさん、何やってんのそんな所で」
男に話しかけられた
見ればそれは制服を着ている、警官だ
「ちょっと質問してもいいかな」
どうやら怪しまれたらしい、何もしていないのに、いや、何もしていないからなのか
「おにーさん何処に住んでんの?仕事帰り?」
「近くです、帰りです」
「どうしてずっとここに立っているのかな?」
動けなくなったといっても理解はしてくれないだろう
何か理由を探さねばと思いふと上を向いてみたらば月がとても奇麗だった
「月を見ていたんです」
「ああ、今夜は満月だね」
そう言って警官も月を見た、成る程今夜は満月だ
「でも明かりの下だと奇麗に見えないだろう、あっちにいくともっとよく見えるよ」
警官は俺の腕を引き暗がりへ連れ込もうとする
しかし僕の足は動かないのだ
「どうしたの?歩き方でも忘れた?」
「そうかも、しれません」
「おにーさん月に魅入られたんだね」
「え」
「大丈夫、心配ないよこっちにおいで」
何が大丈夫なのかは分からないが、男の顔をみたらほっとした、人懐っこいやさしい人の表情
そして再度警官に腕を引かれた、今度はいとも簡単に僕の足は動いた
常夜灯のスポットから外れ僕の身体は闇に解けていく
何だ、僕の足は動くじゃないか
しかし僕は何処へ向かっているのだろう、静かな暗闇を歩く、見慣れた帰り道のはずなのにどこか異次元のよう
誰とも知れない男に腕を引かれ行き着く先は小さな公園だった
アパートの壁に囲まれた入り口以外からは完全死角の公園だった
唯一あるブランコの柵に腰を下ろす
「ほら、ここからだとよく見えますよ」
「ああ、月が奇麗ですね」
「ええ」
しばらく無言が続いた、只管月を見ていたのだ
ふと我に返った、夕飯はどうしようだとか、明日の仕事はどんなんだとか、日常が帰って来た気がした
瞬間今の状況の異様さに気がついた
僕は誰と何をしているのだろうか
「あの、すいません」
「はい」
「お仕事はいいんですか?」
「これがお仕事です」
「あの、挙動不審だったのでしたら失礼しました、もう家に帰りますので失礼します」
「まだ駄目ですよ、おにーさんの事何も聞いてないじゃないですか」
「職質ってやつですか?」
「えーと、まず、独身ですか?」
「ええ」
「家はこの辺りなんですよね?」
「ええ」
「今は仕事帰りで」
「ええ」
「月に見入ってあそこに立っていた、と」
「ええ」
そういう事にしておいていただけると大変にありがたい
「おにーさん、私の事何に見えます?」
「え?」
どういう意味だろうか
まさか幽霊とか言わないだろうな
「警察官じゃないんですか?」
「あたりです、でも、
ハズレです」
そういうと男は僕に顔を寄せて来た
一瞬何事かと思って唇の柔らかな感触を理解した瞬間に男は離れていった
「知らない人に付いて行っちゃいけないって子供の頃言われませんでした?」
人懐っこい笑みで男は言う
ああ、判った
「変質者だ」
「正解」
そういうと男はまた顔を寄せて来た
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疲れに疲れた時は立ち止まりたくもなりますが
ただ変態を書きたかっただけなのである
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