出会いという出会いではない、只の会社の先輩と後輩という関係
あまりに価値観の違いに興味を持ったのがきっかけ
それ以上でもそれ以下でもなかった
人付き合いもそんなに良くなく、それが駄目という程でもなく、最低限の付き合いでプライベートを見せない
若い子はこんなもんかと、別にそれはそれでいいのだけれど、そんな事を思いながら飯に誘ってみた
別に断るならそれでもよかった、飲めないのなら無理矢理付き合わせるのも悪いだろう






『鍋』









「なあ、鍋頼んでもいい?」
「鍋、ですか」
「もつ鍋、あ、もしかしてもつ苦手?」
「いえ、大丈夫です」
大丈夫といいながら、何か含みのある感じ、納得していないなこれは
あんまり自己主張しないんだよな、遠慮しすぎだろうか
「あー、嫌だったら言ってな?仕事でもないのに我慢しなくていいよ、失礼とかも考えなくていいし」
「あ、はい、あの、じゃあ、申し訳ないのですけど」
「うん」
「俺、鍋、苦手で」
「何、鍋自体食べれないの?」
「鍋は好きなんですけど、その、人と同じ鍋をつつくというのが、苦手で」
「なんだそれ、難儀だなあ、潔癖性とか?」
「どうなんでしょう?そんな事もないと思うのですけど」
「まあいいや、二人分頼むから先にお前取ればいいよ、それなら大丈夫か?」
「あ、はい、ありがとうございます」

まあ、世の中色々な人間がいる訳で、そんな奴もいるのだろう、俺なんか何も気にしないで食っちゃうけど
気にする人は気にする、そんな当たり前の事を知ったのはそんなに昔じゃない

「あのさ、俺めちゃくちゃ無精みたいでさ、デリカシーがないとかもよく言われるんだけど、何か酷い事してたらごめんな」
「え?」
「前の彼女に言われたんだよね、あんたは気にしなさすぎるって、あんたは気にしないからへらへらしていられるけど、
それを凄く気にする人もいるんだって、だから無自覚に人を傷つけてる事もあるって、その時はそんなもんかと思ったけど」

思ったのだけど、こいつを見ているとどうもそれは事実だなと感じた
俺は喋り方もぶっきらぼうだし、気が弱い奴からしたら断りづらいかもしれない

「先輩、彼女いるんですか」
「んん?いや、一年ぐらい居ないけど」
食いついて来る所はそこなのか
「そういうお前はどうなんよ」
「俺も居ないです」
「はっはー、お仲間ってやつだな、会社入ると意外と出会いってないんだよな、社内恋愛はドロドロすんのが嫌だしな」
「ああ、確かに、同期がもうそんな感じになってました」
「あ、事務の子だろ、新人狙いの悪い奴ってのはいるんだよ、誰かが教えてあげても聞かないもんなあ」
「誰かに取られちゃうって思っちゃうみたいですね」
「恋は盲目ってやつかね」
「ですね」

うん、中々会話が続いたじゃないか
と、会話が丁度終わった所で鍋が運ばれて来た
先の会話の通りに俺は後から鍋をつつく、もつうめー

「んまいなこれ」
「うまいっすね」
「あ、大丈夫だったらどんどん食っていいからな」
「はい、ありがとうございます」
「言っとくけど奢りじゃねえからな」
「分かってますよ」




こんな事があってからちょくちょく飯を食いにいくようになった
まったく合わない話題も慣れれば楽なもので
一人で寂しく食べるより随分といいものである





「俺、思うんですけど」
「おう、何だ」
「先輩って優しいですよね」
「そうか?んじゃそう思っておいてくれ」
「はい」

今日は俺の家で鍋だ
他人と鍋がつつけないと言っていたが、人間馴れるもんで、何度か外で食った後誘ってみたら先輩ならいいですよと言われた

「他人と鍋ってのもいいもんだろ」
「ええ、はい」
「やっぱり鍋はさ、一人じゃなんだかな」
「そうですね、二人の方がずっといいですね」
「うん、ずっとうまい」
「先輩」
「ん?」
「こんな時にこんな事言うのは卑怯だと思うのですけど」
「なんだそれ」
「好きです」



冗談だろと返したかったが
卑怯という言葉と真面目な表情でそれは憚られた
これは本気で、茶化してはいけない事で
何時から、とか何で、とか一体何処が、とかそもそもお前男だろ、とか
いろんな事が頭を駆け巡って行く



「そりゃ、お前卑怯だな」
「ええ、すいません」
「まあ、とりあえず保留にしていいか」
「何をですか」
「返事だよ」
「保留でいいんですか」
「すぐに出せる答えじゃないだろ」
「…、やっぱり先輩優しいですね」
「そーかい」
「はい、ありがとうございます」
「あ、締めは雑炊だからな」
「わかってますよ」




























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