橘という人間はどういう人かと十人に聞けば十人とも必ず目立つと答えるだろう
それぐらい人の目を惹きつける男、それが橘である
『デリカシー』
男女問わず人気のある橘はそれはもう顔もスタイルも良い成績も特に悪くはない
しいて欠点を上げるならば多少性格に難ありだ
しかし完璧ではない、というのがまた憎めない所でもあり人気の理由でもある
良く言えば正直者、悪く言えば失礼、それが橘、というのが全校生徒の共通認識である
「あの、橘、僕、君の事がずっと好きで」
「へー、雪野ってホモだったんだ」
「いや、別にそういう訳じゃ」
「でも男が好きなんだろ?」
「そ、それは橘だからで」
「でも俺男じゃん?」
「そうなんだけど」
「じゃあホモじゃん」
「そうなるのかな」
「で、俺と付き合いたいの?」
「で、出来れば」
「ごめんなー、俺男は対象外なんだ、でも友達なら何時でも大歓迎、じゃ!」
「あ、うん、ごめん」
こんなやり取りがあったのが昨日の事
次の日雪野が学校に来て教室に入ってみれば何故か周りからは好奇の目が向けられた
もしやと思った矢先原因が話しかけてきた
「よっ、ホモおはよ」
橘である
「おはよう橘、でも僕、別にホモじゃ」
「でも俺の事好きなんだろ?」
「そ、そうだけど」
否定しないのかよ、教室の生徒達は全員一致で心の中で思った
そして雪野は自分の学生生活が終わったと思った
「じゃあからあげパンとコーヒー牛乳買ってきてよ、はいお金」
「え、何で僕が」
「だって好きな人には喜んでもらいたいでしょ?雪野が買ってきてくれたら俺喜ぶよ」
あ、これパシリだ、教室の生徒達は以下略
「わかった、行ってくる」
「やった!よろしく!」
これを全く悪気も無くやってのけるから恐ろしい
「橘、お前凄く酷い事してる自覚ある?」
「こいつがそんな自覚してる訳がない」
橘といつも連んでいる加賀野と笹島が居た堪れなくなって話しかける
「俺だったら好きな人に無視される方が辛いから話しかけてみたんだけど」
「話しかけるっていってもあれは只のパシリ扱いだよ」
「しかもお前断ったんだろ?下手に期待もたせちゃ可哀想だろう」
「断られたって好きって気持ちがすぐ無くなる訳じゃないじゃん、で、断られたから多分話しかけ辛いでしょ、俺は雪野と付き合う事は出来ないけど
友達付き合いなら全然平気だし、話せないより話せる方が嬉しいに決まってる!」
「そうかなあ」
「お前のそういう配慮はいいけど、あいつがイジメにあったらお前の所為だと思うよ」
「え、まじ?そんなくだらねえ事したらゆるさねえ、な、皆」
急にふられて何とも返事のしようもない生徒達
お前の所為だろ、とは思いつつクラスメイトがホモだったという事実よりこの現状になってしまった事に憐憫の情を抱いた
こんな事がありながらも、表面的には特にイジメ等もなく雪野は平和に高校生活を終える事が出来た
そして大学へと進学したのだがどういう訳だか雪野、橘、加賀野、笹島は同じ大学に進学し4人でよく連むようになっていた
最初こそ高校で付けられたホモというレッテルを晴らそうとしていた雪野だが
入学初日から橘が「雪野って俺の事好きなんだぜ」なんて言うものだから結局大学でもホモ呼ばわりされる事となった
その頃にはもう雪野は橘の事が好きなのかもう判らなくなっていたのでおざなりな返事をしていたら周りは勝手に冗談だと思ってくれたらしく
今では毎度おなじみのやり取りとなり、冗談でホモと言われる事はあっても本気で気持ち悪がられる事は無かった
「正直さ、雪野ってもう橘の事好きじゃないでしょ」
橘が女子に連れられて行ってしまったので3人で食べる学食
「好きだけど、恋愛感情はないかな」
「一緒に居るの辛くないの?」
「別に、むしろ橘と一緒に居られるなんて光栄すぎて嬉しいよ、言葉の裏とか考えなくていいし」
「確かに、あいつ考えた事全部言葉に出すからな」
「そこが悪い所でもあるけど」
「僕の事、一度も気持ち悪いって言わないし」
「まあ、デリカシーないけど悪意はないもんな」
「それがタチの悪い所でもある」
「多分、最初から憧れだったんだと思う」
「まあわからんでもないその気持ち」
「あのルックスと性格で許されてるよな橘は、俺が同じ事言ったら総スカンくらうぞ」
「だろうね」
「雪野ー、そこは否定するとこでしょうよ」
「橘を見習ってみた」
「そこは見習っちゃいけません」
無邪気に笑う雪野を見て、あの場でパシリ扱いした橘の判断は間違っていなかったのだな、と加賀野は一人思った
パシリ扱いは最初の一回だけだった、しかしその一回をクラス皆の前でやる意味とは
あれで雪野は橘の庇護下に入ったと皆は認識しただろう
もしかしたら周りから受け入れられる様に態とあんな事をしたのでは、と思ったがそもそも自分が雪野に告白されたなんて言わなければ済む事なのだからそれは無いなと考えを打ち消した
「にしてもあいつはいつまで言い続けるのかねえ」
「態々大学入ってからも言わなくていいのにな」
「でも皆冗談だと思ってくれてるし、あれは僕が周りからイジメにあったりしないように言ってくれてるのかなって」
「都合よく考えすぎじゃないかなそれは」
「橘の事だから自分のおもちゃが取られるのが嫌だ、みたいな感じだと思うぞ」
「そうかな」
「そうそう」
そして多分橘は気づいている、雪野の気持ちがもう自分には向いていない事を
それから暫くして、雪野に彼氏が出来た
偶然同じ講義を取っていた加賀野だけは雪野が告白された時から相談に乗っていたのでその事実を知っている
なので自ずと二人で話す機会は多かった
「加賀野、次空きだろ、裏庭行かね」
「いいよ」
珍しく橘からお誘いがかかった、4人で学食も行くし遊びにも行くが橘と二人きりになるという事は実はあまりない
「こんな人気の無い所に連れてきて内緒話か?」
「まあそんなとこ」
「珍しく歯切れが悪いじゃん」
「最近お前と雪野がよく二人で居るって笹島が言ってたから」
「まあ講義同じだし」
「あんまり誤解される様な事すんなよって忠告」
「はあ?何だよ偉そうに、誰が誤解するってんだ、お前か?振った癖に偉そうに言ってんじゃねえよ」
「違う、雪野の彼氏」
完全に頭に血が上っていた加賀野はその一言で固まってしまった、何で知っているのか
「お前、なんで」
「見てれば判るよ、よく目で追ってる、お互いな」
そんなの相手を知っている加賀野でさえ気がつかなかった
見てれば判るだなんて、相手をずっと見ていないと判る事ではなくて
「お前、もしかして雪野の事」
それ以上は加賀野には言えなかった
「無くして初めて分かるのな、こういう事って」
返す言葉が見つからない
「もし雪野が俺に言うの迷ってたら後押ししてやって、その方があいつも楽だろ」
「分かった」
そう返すのが精一杯だった
その後、4人が揃っている席で雪野は彼氏が出来た事を報告した
昼は一緒に食べないのかと聞けば向こうも友達と食べるから良いのだと返ってきた
いつもと変わらない昼食の時間
しかし加賀野はいつもと同じとはいかなかった
「加賀野、見過ぎ」
「わりい」
最近恒例となりつつある裏庭の一時
加賀野はついつい気になって昼食中橘と雪野をみてしまう
でも橘は今までと変わらない、こんなにも自分の気持ちを隠すのが上手い奴だったとは
加賀野は橘に対する認識を少し改める事にした
「橘は辛くないの?」
「昔言ったろ、好きって気持ちはすぐに無くならないけど友達でいたいし話せないより話したい」
「見事にブーメランだな」
「本当そう」
「お前さあ何で雪野の事ホモだって広めた訳?」
ずっとデリカシーのない奴だと思っていた、しかし視線だけで相手が分かる程観察眼があるならばあれがどうなるかなんて分かりきっていた筈
「ああいう告白って必ずどこからか漏れるんだよ、同性なら特に、だから先手必勝」
「漏れなかったかもしれないじゃん」
「でも今みたいに周りに理解者出来なかったと思うよ」
そうかもしれない、それでも強制的に自分の性癖を暴露されるのはいやだと思う、隠し通したい人だっている筈だ
「お前やっぱりデリカシーないよ」
「よく言われる」
それでも自己を押し通して周りに理解させてしまう
それが橘が人気者である理由なのかもしれない
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