小林と増田

























『さよならといえなくて』






















「お疲れー」
「お疲れしたー」

入ってから2年は経つであろうバイト先
そこで仲良くしていた先輩が今日で辞める
そして一緒に働く最後の仕事が終わった
ああ、これでもうこの人とこの仕事を一緒にする事はないのだ
そう思うと悲しくなった



「何、増田元気ないじゃん」
「いえ、南さんともこれが最後かなあと思うと」
「お前な、会えなくなる訳じゃないんだから」
「まあそうですけど」
「何か?お前は俺ともう縁を切りたいってか?」
「えー、そんな事一言も言ってないじゃんすかー」
「棒読みだぞ」
「はは、さーちゃきちゃき片付けしましょー」








いつもより少し遅くなって
閉店作業を済ませて
あがる頃ロッカーには
南さんと俺しかいなかった
このままいつものように店を出たらお疲れ様でした
って分かれるのか
何か特別なことをした方がいいのだろうか
だけど特別なんて思いつかない
お世話になったけど、俺、何も用意してないし










「増田?」
「へ?」
「早く着替えないと終電なくすぞ」
「あ、まじっすね、まあでも近くに友人いるんで大丈夫です」
「よく泊まってるんだ?」
「そうっすね、あいつ大抵いるし」



なんだかんだ言っても小林は一番付き合いが長いのだ
あれで俺の事を好きだとかぬかさなければいい友人なのに
まったくもってもったいない奴だ



「増田って彼女いなかったっけ」
「いませんよー、クリスマス入ってたじゃないですか」
「欲しくないの?」
「そういうわけじゃないですけど出会いがないというか、南さんはどうなんですか?」
「俺?俺は片想い中なんだ」
「え、そうなんすか?俺知ってます?」
「お前」
「へ」





俺?ミー?me?
この手の冗談流行ってんのか?





「またまたーそれ流行ってんすか?」
「え、じゃあ他の男にも言われたことあるんだ」
「そうなんすよ、さっきの友人なんですけどね、またこいつがしつこくて」
「増田ってそれ態となの?」
「はい?」
「天然?そんな訳ないよね」
「南さん?どうしたんですか?」




いつの間にか壁際に追い込まれている俺
南さんは今までにないくらい怖い表情をしている
怖いというか、真面目というか、そうだ
あの、雪の日の小林みたいな




「っ!!」





思い出したら恥ずかしくなってきた
と、同時に理解した
俺は今、告白されているのだ
しかも小林以外の男に、だ
どうしよう、どうしよう南さんはバイト先の先輩で
それ以上でもそれ以下でもなくて
もうバイト先で会う事もなくて
もしかしたら二度と会う事がないかもしれなくて









「増田」





気づいたら南さんが近くにいた
もしかして、いやもしかしなくてもこれはヤバイんじゃないか
あの雪の日と同じだ
きっとこれは、


そう思ったら手が出ていた








ドタン、と南さんが床に倒れる









「俺、アンタの気持ちには答えられないです」











自分の荷物を急いでひっつかんでロッカーから出る










「今まで、お世話に、なりました」










そういい残して俺はロッカーを出た
まだ走れば終電にギリ間に合う時間だったけれど
俺はそのまま走ってあいつの家に向かった
チャイムを鳴らすのももどかしくてドアを叩く
しばらくして中から人の気配がした
そしてドアが開けられた瞬間、俺は小林に抱きついてしまった
誰かに、縋りたかったのだ















「うぇぇええ!?ま、増田!?な、なしたのお前」
「聞くな、落ち着いたら話すから」
「何、お前泣いてんの?」
「え?」



言われて気がついた
俺は泣いていたらしい
何で泣いていたのだろうか
告白されて悲しかったのか
それはきっと裏切られたと俺が感じたからだ




「とりあえず、中に移動していいかね」
「おう」



移動している間も小林から離れず
顔を見せないまま4畳半の部屋に座った
ポンポンと背中を叩いてくれるのが心地よかった
ああ、俺はこんなにもお前を信頼しているんだ
だからお前だけは裏切らないでくれ









「今日」
「うん?」
「バイト先で、辞める先輩がいて」
「うん」
「いきなり告白された」
「は!?」
「俺、その人の事普通に好きだったんだ、だから、裏切られたと思った」
「増田…」
「最後だったのに、あんな別れ方、したくなかった、でも、俺、きっともう会えない」
「じゃあ会わなくていいよ、きっとその覚悟はあったはずだから」
「え…」
「お前が心を痛めることはないよ、どんなに好きでも、無理なことってあるから」








俺は何で小林の元へ来てしまったのだろう
南さんと小林は同じだ
なのになんで俺は小林と一緒にいられるんだ
小林だって無理矢理したじゃないか
なのに、何で俺はまだこいつの事信用してんだ













〜♪









ふいに携帯が鳴った
この着信音は、


南さんだ










「とらないの?」
「…」
「もしかしてバイト先の?」
「…」







暫くして音が消えた

しかし程なくしてまた音が鳴った








「でようか?」
「いい、大丈夫」




小林が出たらそれはそれでまたややこしくなるだろう
それに小林は関係ない、巻き込みたくない





「なあ増田」
「…」
「お前、もっと人を疑う事を覚えろよ」
「え?」
「告白もされて、無理矢理キスまでされてる相手にこんな弱い所見せて、」
「こば、やし…」
「俺だからいいとして、そのバイト先の先輩だったら絶対に付け込まれてるぞ」
「そんなの、」
「っていうかそんな隙があったから告白もされたんだと思うけど」
「う、」
「俺はさ、お前が信用してくれてるのうれしいよ、だけどそういう人間ばかりじゃないよ」
「ああ」
「俺はさ、お前が心配なんだよ」
「、ごめ」










その後は言葉にならなかった
情けない自分と
俺に優しすぎる小林と
そこにつけ込んでいた自分が堪らなく嫌になって
涙と嗚咽しか出てこなかった
受け止められないくせに
自分が傷ついたときだけ縋って
裏切るななんて自分勝手な事いって


散々裏切ってきたのは俺だった













































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小林も色々思ってる事があるようです



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